ちなみに内容は、キ○ガイ主人公にカッターナイフで顔を切られた登場人物が次々とキ○ガイになって日本を征服する漫画です(一片の嘘偽りもなく)

 どうでもいい話ですが、俺がまだ小学生だか中学生だかの時、能條純一の漫画の何が面白いのか全く分かりませんでした。
 そのころ連載中だった『月下の棋士』を読んでは初手で端歩をつく事の不合理性に首をかしげ、『哭きの竜』を読んではヤクザの親分達が、抗争とは何の関係もない所で麻雀を打っているだけの竜の運の取り合いだか何だかをする不合理性に首をかしげ、そして、そんな漫画が絶賛される不合理性に憤りを感じておりました。


 今考えると非常に馬鹿馬鹿しい話です。
 能條先生の何も考……天から授かったインスピレーションをそのまま物語にしている抽象画のごとく難解で深遠な世界観を、凡人である俺が理詰めで分析できるはずもないというのに。
 『丸太島』の登場人物は何故あれほどハァハァハァハァ言っているのかを真剣に考えるくらい、『夜王』の登場人物が何故口を閉じたまま喋れるのかを科学的に考察するくらいの無駄。



 『翔丸』という漫画を読んでふとそんな事を考えた一日でした。
 ちなみにこの『翔丸』という漫画の素晴らしさは、3巻で打ち切られたにもかかわらず能條先生の代表作よわばりされている事と「翔丸組に入るんだ」で検索した結果出てくるページの数々を見れば理解していただけると思います。